宇都宮地方裁判所 昭和35年(ワ)89号 判決 1961年12月08日
原告
野口長右衛門
被告
桜井文夫
外一名
主文
一、被告等は各自原告に対し金五九、四一五円、及びこれに対する昭和三五年五月二六日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告その余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを三分し、その二を原告負担、他を被告等の連帯負担とする。
四、この判決は原告勝訴の部分に限り、原告において各被告に対し金一〇、〇〇〇円の担保を供するときは、夫々仮りに執行することができる。
事実
(請求の趣旨及び原因)
原告訴訟代理人は、「被告等は各自原告に対し、金一五〇、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三五年五月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
(一) 原告は栃木県中央信用組合の職員であり、被告桜井は住所地で米穀商を営む者であり、被告田野は被告桜井の被用者である。
(二) 被告田野は被告桜井のため運搬業務に従事し、昭和三五年二月二五日午前七時二五分頃、下都賀郡国分寺町大字小金井三、〇一〇番地先の県道栃木久下田線上を、被告桜井使用の小型貨物自動車プリンスARTH五九年型(栃四す五、七八六号)を運転して西進中、前方右側を同方向に歩行中の原告を認めたが、注意を怠り漫然進行した過失により、右自動車を原告に追突させ、よつて原告に対し頭部挫創兼腰部挫傷により三週間の静養を要する傷害を与えた。
(三) 原告は右の傷害により、国分寺町小金井の岡田正穂医師の治療をうけ、更に国立栃木病院へ通院する等、経済的損害と著しい精神的損害を蒙つた。
(四) 被告田野は、被告桜井の被用者で、被告桜井使用の自動車を運転して被告桜井のため運搬業務に従事中本件事故を起したものであるから、被告桜井は被告田野の使用者として民法第七一五条によりその責に任すべきものである。
仮りに、被告田野が被告桜井の被用者でないとしても、本件事故は、被告桜井の被用者である訴外佐藤三男が自ら運転すべき義務に違背して被告田野に運転せしめたことによつて起きたのであるから、訴外佐藤は本件事故について過失責任あるものというべく、而して被告桜井は訴外佐藤の使用者で、被用者である訴外佐藤が被告桜井の業務のためその使用の自動車の運転について本件事故を起したものであるから、被告桜井は訴外佐藤の使用者として民法第七一五条によりその責に任すべきものである。
仮りに、被告桜井に民法第七一五条の責任がないとしても、被告桜井は本件自動車の保有者として自己のために自動車を運行の用に供したものであるから、その運行によつて原告の身体を害した損害につき、自動車損害賠償保障法により賠償の責に任すべきものである。
(五) なお原告は、本件事故について、自動車損害賠償保障法による保障を受けている。
(答弁)
被告等は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
(一) 被告桜井の答弁
請求原因第一項中、原告が栃木県中央信用組合の職員であり、被告桜井が当時芳賀郡二宮町大字久下田で米穀商を営んでいたことは認めるが、その他は否認する。第二項中、原告主張の日に、被告田野が被告桜井使用の自動車を運転中本件事故を起したことは認めるが、その他は不知。第三項第四項は争う。
被告田野は被告桜井の被用運転手ではなく、当時被告桜井が雇つていた運転手は訴外佐藤三男である。而して当日被告田野がどうして被告桜井の自動車を運転したのか事情は分らないが、被用者である訴外佐藤に対しては自動車を大事に運転するよう、時間を厳守して道草等をせぬように注意していたが、訴外佐藤が第三者に代つて運転せしめることは予期していなかつたので、そのような注意を与えたことはない。
なお原告は、本件事故について自動車損害賠償保障法による保障を受けている。
(二) 被告田野の答弁
被告田野が原告主張の日に被告桜井使用の自動車を運転中本件事故を起したことは認めるが、その余は争う。
被告田野は被告桜井に雇われている運転手訴外佐藤三男と友人なので、右佐藤の運転する自動車に同乗し同人に代つてこれを運転中に本件事故を起したものである。なお被告田野は普通免許証を所持しているが、他に雇われていない。
(証拠関係)(省略)
理由
(一) 昭和三五年二月二五日午前七時二五分頃、栃木県下都賀郡国分寺町大字小金井三、〇一〇番地先の県道、(栃木久下田線)において、被告田野が被告桜井使用の自動車を運転中本件事故を起したことについては当事者間に争いがない。
(二) よつて右事故が起つたときの状況を検討する。
成立に争いのない甲第三乃至第五号証(甲第五号証について被告田野は認否をしなかつたが、公文書であるから真正に成立したものとみなす)と、証人平石登、同野口セツ子、同佐藤三男の各証言、原告本人及び被告桜井、同田野の各本人尋問の結果、並びに前記争いのない事実を綜合すると、本件衝突事件の状況は次のとおりであることが認められる。
(1) 被告桜井の被用者である訴外佐藤は、使用者被告桜井の命をうけ、本件事故発生の当日である昭和三五年二月二五日午前、被告桜井が使用する本件自動車に飼料を積載して栗橋所在の訴外高橋某方まで運搬すべく被告桜井方を出発したところ、途中偶々友人の被告田野に出会い、被告田野が遊びながら一緒に行くというので、被告田野を本件自動車に乗せ、同人にこれを運転させ、訴外佐藤は助手席に同乗して前記県道を走行しながら訴外高橋方へ向つた。
(2) そして同日午前七時二五分ごろ、被告田野の運転する本件自動車は時速約三〇粁の速度で、先行する普通貨物自動車の約一〇米後方に追従しながら西進し、下都賀郡国分寺町大字小金井三、〇一〇番地先道路上にさしかかつたが、当時西北から東南に向つて強い風が吹き、加えて晴天のため、先行する貨物自動車の砂塵が立ち上つて見通しが悪く、被告田野はその砂塵を避けるため道路の右側を進行して行つたのであるが、右砂塵に注意を奪われて右側の交通状況に注意を向けず、漫然そのまま進行したため、道路右側を徒歩西進する原告を約四米に近接して初めて発見し、これを避けんとして急ブレーキをかけハンドルを左に切つたが間に合わず、本件自動車の前部右側を原告の腰のあたりに追突させて原告を路上に転倒させた。
以上の事実を認定することができる。
(三) 而して以上の事実によると、右のような場合、自動車の運転者としては、先行する自動車の砂塵を避けるためにはこれと適当の間隔を保ち、通路の左側を進行しながら前方は勿論左右を注視して、歩行者やその他の車馬に衝突することのないよう、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにも拘らず、被告田野は漫然右側を進行し、しかも前方注視の義務を怠り、よつて本件事故を発生させたものであつて、被告田野の過失は明白である。
そうすると被告田野は、右事故により原告の受けた傷害による損害を、民法七〇九条により賠償する責任がある。
(四) 次に被告桜井の責任について考察する。
この点につき、原告は前掲請求原因第四項記載のごとき主張するが、自動車損害賠償保障法は民法の特別法であるから、およそ自動車の運行によつて他人の生命又は身体を害した場合における該自動車の保有者の責任については、自動車損害賠償保障法第三条が特別法として優先的に適用せられるべきものである。
ところで証人佐藤三男の証言と、被告田野、同桜井の各本人尋問の結果を綜合すると、本件事故発生当時、被告桜井は栃木県芳賀郡二宮町大字久下田八一二番地において、農家から農産物等を買い集め、これを自動車によつて市場等に出荷運搬する商売を営んでおり(この点被告桜井が、原告主張の如く米穀商を営んでいたと自白しているのは、何かの間違いによるものと思われる)、本件事故を起した自動車は被告桜井が月賦で買受けたもので(尤も所有権は売主に留保されていた)、自らその使用者として登録をうけ、その運転手として訴外佐藤三男を雇入れ、同人に右自動車を運転させて自己の前記営業を行つていたものであり、そして本件事故当日も、被告桜井は訴外佐藤に命じて右自動車に豚の飼料を積んでこれを栗橋方面に運搬させたのであるが、その途中で訴外佐藤は偶々友人の被告田野に出会い、田野の申出によつて同人を右自動車に同乗させ、且つ田野も自動車運転免許を有するところから,訴外佐藤は自分に代つて被告田野をして右自動車を運転させていた際に本件事故を惹起したものであることが認められる。
そうすると訴外佐藤が自分に代つて被告田野に右自動車を運転させたことが、規則違反又は使用者たる被告桜井の命令に反していたか否かはとにかくとして、被告田野は被告桜井の被用運転手たる訴外佐藤に代行して、被告桜井の業務のために右自動車を運行したものということができる。
而してこのような場合においては、右自動車の保有者たる被告桜井とその運転者たる被告田野との間に別段使用者の関係が存在しなくても、結局被告桜井は自動車損害賠償保障法第三条の所謂「該自動車を自己の運行の用に供した者」に該当するというべきである。
そうすると被告桜井は、右自動車の運行によつて原告の身体に蒙つた傷害による損害を賠償すべき責任があり、而してこの責任は被告田野の前記責任と不真正連帯の関係にある。
(五) そこで原告が蒙つた損害の数額と被告等の賠償額について考察する。
成立に争いのない甲第二号証と甲第六号証(被告田野は甲第六号証の成立については明らかに争わない)及び証人野口セツ子の証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、次のことが認められる。
(1) 原告は本件事故のため頭部挫創、腰部挫傷及び脳震盪症の傷害を蒙り、附近の岡田医師の応急措置を受け、その後三週間程自宅において同医師の治療を受けながら静養し、更にその後国立栃木病院で精密検査のうえ一週二回宛一ケ月間通院治療を受け、その治療費や、岡田医院及び右国立栃木病院への往復の車代等に要した費用の合計は少くとも二〇、〇〇〇円を下らない。
(2) なお原告は右傷害のため勤務先を約一ケ月間欠勤したが、頭部を打つたため耳鳴りなどがして未だ完全に治らず、勤務に若干の支障をきたし、そのため精神上肉体上相当の苦痛を蒙つたことが認められるので、その苦痛に対する慰藉料は、右事故の原因及びこれによつて蒙つた傷害の程度等諸般の事情を考慮して五〇、〇〇〇円を相当と認める。
(3) 従つて原告の蒙つた損害は、結局合計金七〇、〇〇〇円となるが、原告が自動車損害賠償責任保険から金一〇、五八五円の給付を受けたことは、前記甲第六号証によつて明らかであるから、これを差引くと残額は五九、四一五円となり、被告田野は民法七〇九条により、被告桜井は自動車損害賠償保障法第三条によつてこれを賠償する義務がある。
(六) よつて原告の本訴請求中、被告等に対し、各自金五九、四一五円と、これに対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和三五年五月二六日以降右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴第九二条、第九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石沢三千雄)